【前立腺がん】病気のサイン(父の場合)

病気の記録

父の生活にあった、たくさんのサイン

コロナの間、私は実家に帰ることができず、
父に対面で会ったのは約3年ぶりでした。
久しぶりに会った父を見て、まず感じたのは姿勢の変化でした。
背中がかなり丸くなっていたのです。

母は横で「お父さん、もっと姿勢よく!」と
口を酸っぱく声をかけていました。

体型や歩き方の変化

父は昔から三食が人生の楽しみ、という人だったので、
お腹は相変わらず丸いままでした。

でも、よく見ると足の筋肉が落ちていて、
以前よりもずいぶん細くなっているように感じました。

久しぶりに見る父の体は、
いわゆる「おじいさん体型」になっていたのです。

昔はせっかちで競歩みたいに歩く人だったのに、歩きもゆっくり。
階段を上るときも、「よいしょ」と声を出して一段ずつ上がるような感じでした。

私は高齢者支援の仕事をしていたので、父の歩き方を見たとき、
思わず手を取るか、脇の下に手を入れて支えたくなる感覚がありました。

「ああ、父もついに、こういう世代になったんだな」と感じました。

そのときは、家族も本人も
「コロナ禍で運動不足だったから筋力が落ちたんだろう」
と思っていました。

出始めていた生活での不調たち

父はとても慎重な性格だったので、幸い転ぶことはありませんでした。
家の中ではゆっくりと伝い歩きをしていたし、
外出は車が足代わりの田舎暮らし。
コロナ禍と老いが重なり、行く場所も限られていきました。

今思い返すと、病気が見つかった頃、外に出るときは母がいつも父の横にいました。
腕を組むような形で、さりげなく自然に父の体を支えていたのだと思います。

ここ数年、父は夜中にトイレに起きる回数も増えていました。
本人も母も「年齢による前立腺肥大だろう」と思っていたようです。

また、父はもともと自営業で体を使う仕事をしており、
慢性的に肩や首のこり、坐骨神経痛のような痛みもありました。

今思えば、腰痛、筋力低下、頻尿などたくさんのサインはあったのです。
でも、そこには「年相応だから仕方ない」という思い込みがあったのかもしれません。

きっと初期に違いない

そもそも、がんが見つかったきっかけは、心臓の定期検査でした。

父は心臓の持病があり、定期的に病院に通っていました。
その検査結果の中で、腎臓の数値に少し異常があることに
本人が気づいたことが始まりです。

そして受診先でがんの疑いを指摘され、発見に至ったのです。

でも、正直に言うと、私たち家族はどこか安心していました。

父は定期的に病院に通っていたので、
「大きな病気があればきっと見つかるはず」と思っていたのです。

いわゆる「一病息災」という感覚でした。

確かに人間ドックのような総合的な検査は、
何年も受けていなかったようでした。

それでも、定期的に医療機関にかかっているという事実が、
私たちに安心感を与えていました。

だから、もしがんだったとしても
きっとごく初期に見つかるのではないか。
父はずっと病院にかかっていた人なのだから。

そうやって母と私は話しながら、
診断結果が出るまでの長い不安な時間をやり過ごしていました。

こういう、いつものこととして受け止めてしまう心理は、
「正常化バイアス」と呼ばれるそうです。大きな変化があっても、
人はそれを「きっと大丈夫だろう」「いつもの延長」として理解してしまうことがあります。

私たち家族も、まさにそうだったのだと思います。

このあと、父はステージⅣの診断を受けることになります。
持病があって病院にかかっていても、

定期的な人間ドックは必要だと痛感しました。


次の記事ではがんや加齢よる筋力低下(サルコペニア)と、
運動嫌いな父のリハビリについて書きます。


父の前立腺がん診断までの流れ体験記【前編】【後編

「確定診断の日に医師から受けた説明や、父の治療方針について」の記事はこちら

この記事を書いた人

社会福祉士資格を保有。

高齢者分野の相談員として勤務しながら
制度や支援の現場に関わっています。

家族の病気体験を中心に、
当事者としての経験と、支援職としての視点の両方から
わかりやすく情報をお届けします。

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