母親の自己犠牲は当たり前のものとして消費されている。とくに昔の絵本や物語は献身的な母親ばかり。
そんな風に思うのは私だけ?
私の母は、いつも焼豚の切れ端や煮崩れた魚を食べていた。
子供時代、私たち子どもは、きれいに盛りつけられたおかずを供されていた。母の自己犠牲の上に。
結婚した。
夫は料理しなかったので、料理は私だけの仕事だった。家族が4人に増えたけど、いまも料理は私だけの仕事だ。毎朝焼く目玉焼きは時々潰れて失敗してしまう。
そんな時、私はいつも潰れた目玉焼きを自分のお皿に乗せていた。
ほんの少しの我慢だった。小さいことだってわかってた、はずだった。
10年経った。
子育ての負荷がかかって、いっぱいいっぱいの時、私の心はプツンと切れた。
どうして私が毎回潰れた目玉焼きを食べなきゃいけないの?作った人の責任で失敗作を食べなきゃいけないなら、作る人になんかなりたくないよ。
すると夫はびっくりしたように言った。
自分は目玉焼きが潰れていても失敗だとは思わない。そもそもソース派なので黄身が固まっていても割れていてもお好み焼きみたいに美味しく食べられる。
作るのは上手にできないけど、潰れた目玉焼きはいつでも食べるよ、と。
私はずっと心のどこかで自分だけが我慢している、と不公平に思っていた。
でも、それはただの一方的な自己犠牲で、むしろ夫には善意の押し付けだったようだ。
それからは、目玉焼きが潰れた時は必ず夫に食べてもらうことにしている。
私は機嫌が良くなり、以前のように仏頂面ではなく、楽しく朝の食卓を囲むことができるようになった。
そんなことがあったあと。
ある時帰省した時、母に聞いてみた。
お母さんは昔から、いつもおかずは一番いいところをお父さんや私たちにくれて、自分はいつも端っこばかりだったよね。我慢ばかりで大変じゃなかった?
私も同じようにしたかったんだけど、とてもずっとは我慢できなかった。お母さんみたいに献身的な母親になれなかった、と。
そしたら母はびっくりしたように言った。
私は我慢でやっているつもりは全くない。
むしろ自分が作ったものを不完全な状態で人に食べさせることにすごくストレスを感じるから、そうしたいと思うタイプなんだよ。
えっ。そうなの。
いや、すごい。母はそんなプライドを持って料理してたんだな。その感覚、もはや主婦じゃなくてシェフやん。
それと同時に、母親像にとらわれていた自分にも気づいた。
潰れた目玉焼きを引き受ける自己犠牲がなければ、母親として不適格じゃないか、っていう。
そんな無意識のバイアスに、がんじがらめになっていたんだな。
息子が、「てぶくろを買いに」を音読していた。学校からの宿題だ。
私も昔読んだはずだけど、記憶が曖昧だった。
確か、母ぎつねが子ぎつねを想う、なんだか優しさに溢れたような話だったな。
でも私の記憶と実際の内容はちょっと違っていた。
小ぎつねが1人でお買い物をすることになったのは、母ぎつねが人間を怖がってどうしても町に行きたくなかったからなんだ。
あれ、そんな話だっけ。
母ぎつねは子のために恐怖に打ち勝って町に行くのではなく、恐怖に勝てず子をひとりで危険なところに行かせる手段をとる。
むしろ母親でも苦手なもの、絶対に変えられないものを持っている存在として描かれていたんだなって。意外や意外。(しかもその危うい冒険は、子ぎつねの自立を促し見聞を広めるといった副産物をもたらす。)
そう、そうなんだよ。
苦手なものは苦手なんだよな。
子供がどんなに可愛いからって、母親になったからって全部を克服したり許容したりできるわけじゃない。息子の音読を聞きながら、私はなぜか涙ぐんでいた。
そんな不完全な母親である私も、目玉焼きの一件から学んだこともある。
親子であっても夫婦であってもそれぞれの物差しは違うから
自分が苦手だって思うことは口にした方がいいんだなってこと。
少なくとも次は、キレる前に。
それから、自己犠牲でイライラしているよりも、
綺麗な目玉焼きを食べてニコニコしているお母さんの方が、私が子どもの立場なら嬉しいかもな、ってこと。
勝手に絡まっていた母親像の糸を少しずつほどいていけたらいいな、と今は思っている。
私が母から受け取ってきたものも、
そして私がこれから娘に渡してしまうかもしれないものも、
どちらも少しずつほどいていけたらいい。
娘がもし将来母親になったとき、
献身的でも模範的でもなくていいから、大切な家族と一緒に幸せに笑っていてほしいなと願うから。
潰れた目玉焼きは順番に引き受けあいながら。


