八方配慮で貝になる

親と子のあいだの私(体験雑記)


時々、思考の迷路に入り込む。
父の前立腺がんの体験を、ブログに書こうとするたびに。

「誰かの軒下になればいいな」、なんて独善的で、選んだ言葉が誰かを傷つけているかもしれない。

私にとってこのブログは、大切な備忘録を共有フォルダーに置いてくるような感覚で。
親友に相談されたときに、自分の体験や失敗を、伝えるようなスタンスで。
続けているけれど、日々迷いながら、だ。


父が前立腺がんの生検で1泊2日の入院になった時、同じ部屋で、少し年上のおじいさんと出会ったんだって。

父は「いびきがひどくて相部屋だと迷惑をかけるから」
「体に負担のかかる検査だからしっかりやすめるように、一泊なら差額ベッド代を奮発しよう」
という思いで、最初から個室を希望していた。

でも、個室は空いていなくて、当日4人部屋に入ることが知らされた。


泌尿器科での入院。

父はさりげなく同室の患者さんを見回す。

1人は息子よりずっと若い青年。
若いのになんの病気なんだろう、重くないといいな…と同情を禁じ得ない。
口にしたらアウトだけど考えるくらいは仕方ない。

1人は中年くらい。ノートパソコンで忙しく仕事をしていたらしい。

そして、もう1人は同じ前立腺癌で、同じ生検入院だった。
彼は父よりも少し年上、70代後半位。

そのおじいさんが、とてつもなく陽キャだったのだ。

どうやら別の病気でも何度か市民病院に入院しているらしく、
まるで病院のヌシのように立ち振る舞っていたそう。

○○看護師さん、またお世話になるよ!
△△技師さん、元気だったかい?
なんて風に、まあよくじゃべる。

おじいさん、で表記を通すのも、なんだか気が引けるので、
ここは病院のヌシ、センパイ、としての敬意を示し、便宜上「アニキ」と呼ばせていただこう。

アニキもどうやら父と同じで初めての生検入院だったらしい。

大部屋で全部会話も筒抜け。

父は、はす向かいでアニキがどんな前処置をしているのかを聞いて、
次に自分のところに処置が回ってくるまでに心の準備をしていたそうだ。

そしてアニキは遠慮しない。
主治医に「質問はありますか」って聞かれたときも、検査のことやその後のことを具体的にいろいろ質問していたそうだ。

父はいつもならきっと「特にないです」って遠慮してたと思うけど、アニキに触発されて、2、3先生に質問ができたらしい。

その後、父はアニキとも、ポツリポツリと世間話を交わすように。
アニキはちょっとおせっかいに色々病院のことを教えてくれたりしたそうだ。


生検って針を前立腺に刺して細胞採取するものだから、
出血はつきもので、父も血尿は出たらしい。

でもアニキは血が固まって尿道を塞いでしまって、
膀胱洗浄を行うことになった。

入院期間も少し伸びた様子だった。

その後大丈夫だったかなぁ、と父はひとりごちた。


生検入院はハードで、体の負担はもちろん、
周りに気を使いながら、慣れない寝具で寝て、
父はクタクタに疲れて退院してきたけど、
あとでアニキの話は楽しそうに聞かせてくれた。

個室に入院していたら、父はきっと先生に質問のひとつもしなかっただろう。

70代の男性同士の出会い。LINEを交換し合うでもなく、その時だけの関係だけど。
同じ病気同士、同じ検査入院同士たまたま出会って、誰かと時を共有するのって不思議な連帯感があるようで。


袖振り合うも他生の縁、とは言うけれど

時は令和、
いかんせん相部屋入院は難しい。

隣り合って笑顔で挨拶を交わしたって
相手の病名も病状もそれぞれだし、
家族だって、いるのかいないのかわからない。

うっかり家族のお見舞いの話なんかをして、
相手を悲しませることだってあるだろう。
私はこういう病状じゃなくてよかった、なんて発言、もってのほか。


だけど、いろいろ相手の立場をおもんぱかっているうちに、
だんだん何も言えなくなって、
ついには、貝のようにかたく口を閉じてしまう。

八方美人ならぬ八方配慮とでもいうべきか。


私の文章もおんなじなんだ。
誰かを傷つけるかもしれない。そう思っていると、もう言葉が出てこない。

貝になるしかない。


だけど、アニキみたいな人もいる。
陽キャで、声が大きくて、遠慮なく医師に質問ができて、ちょっとおせっかいで。

あの1泊2日、父の心はきっとアニキのおかげですこし楽だった。


誰かの自己開示が周りを楽にしてくれることがあるんだな、って
私は父の話を聞いてそう思ったし、

ブログを書く力、ちょっともらった気がする。

迷路にいるけど、ほんの少し。


私の自己開示は、誰かを傷つけることもきっとあるけど。
でも、同じ位、誰かを楽にすることもきっとあるはず、って。

そんなふうに。

この記事を書いた人

社会福祉士資格を保有。

高齢者分野の相談員として勤務しながら
制度や支援の現場に関わっています。

家族の病気体験を中心に、
当事者としての経験と、支援職としての視点の両方から
わかりやすく情報をお届けします。

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