施設見学に行くと、多くの方がまずロビーの清潔さや居室の広さ、レクリエーションの内容などを確認します。それは間違いではありません。設備や環境、余暇活動は大切です。
でも私が親を預けるなら、見学の時に必ずチェックしたいポイントがあります。
それは食事中の利用者の様子です。施設の介護力の一つの指標と考えています。
施設の介護力とは何でしょうか?
あまり断定的な事は言いたくありませんが、少なくとも私が見てきた介護業界における人材は常に流動的で不安定です。
たまたま見学の時に経験のあるリーダーさんが現場をキビキビと仕切っていたとしても、数ヶ月後にその方の異動や転職で施設の雰囲気が一変することもよくあります。
施設の介護力は、職員の意識の高さ、技術と経験、そして潤沢な人員配置の掛け算で弾き出される、目に見えない数値ではないでしょうか。
だからこそ多くの施設は、特定の優秀なスタッフに依存する(属人化する)リスクを防ぐため、「誰が現場に立っても一定のケアを提供できる24時間のルーティン(マニュアル)」を構築し、組織としてサービスの質を一定化させようと努力しています。
だからこそ、決まったルーティンの中で行われる「食事の風景」を見れば、その施設が日常的に守ろうとしている『組織としての本当の介護力』が見えてくるのです。
1番のポイントは、「足が床についているか」
食堂を見渡したとき、座って食事をしている方の足が、床にしっかりついているかどうか。
車椅子から食堂の椅子に座り替え、きちんと足の裏が床につき、適切に背中にクッションを挟んだりしながら姿勢を保って食事をしている施設は、かなり意識の高い施設ではないかと考えます。
ですが実際問題、現在の日本の介護施設のコストや人員配置では、車椅子のまま食事をとっている施設が圧倒的に多い印象です。
それでもフットレストから足をおろして床につけたり、床に足がつかない場合は踏み台を敷いて足を踏ん張れる状態にしておくことができている施設は、食姿勢への努力が見られる施設です。
一方、車椅子のフットレストに足を乗せたまま食事をしている方が多い施設、椅子に移っていても、足がぶらぶらと宙に浮いている施設は、誤嚥や安全への努力がもう一歩必要な施設かもしれません。
これは施設の良し悪しを一言で断言するものではありません。介護の質はさまざまな要素で決まります。ただ、食事中の姿勢と足元への意識は、その施設がリハビリや生活の質をどう考えているかの、一つの確かなバロメーターだと私は思っています。
なぜ「足が床につくこと」がそれほど重要なのか
人間は足の裏が地面についていないと、奥歯に力が入りにくい構造になっています。車椅子のフットレストに足を乗せたまま、あるいは足が宙に浮いた状態では、しっかり噛んで味わうことすら難しくなります。
さらに、適切にカスタマイズされていない車椅子での食事の場合、座面が不安定な中、体幹を使って姿勢を保とうとするため、食べることに集中できません。食事は「口だけ」でするものではなく、足元から全身を使う行為なのです。
別記事で触れましたが、高齢者にとって食事は想像以上にエネルギーを使う重労働です。(※食事とお風呂の記事リンク)その上に、姿勢を保つための余分な筋力消費まで加わると、食べきれない、疲れ切ってしまうということが起きます。
当然ながら、高齢者にとっての食事量の低下は、体力の低下、不活発、筋力低下、寝たきりなど、悪循環への入り口です。
誤嚥性肺炎という、見えないリスク
姿勢の崩れが引き起こすリスクの中で、最も深刻なものが誤嚥性肺炎です。
車椅子に深く沈み込んだ姿勢では、自然と顎が上がります。顎が上がると気道が開き、その状態で食べ物や飲み物を口に入れると、食道ではなく気管に流れ込みやすくなります。これが誤嚥です。
健康な人であれば咳き込んで異物を出せますが、筋力が低下した高齢者はその「咳き込む力」も弱くなっています。気づかないうちに少量ずつ肺に食べ物が入り続ける「不顕性誤嚥(ふけんせいごえん)」は、むしろ咳も出ないため発見が遅れます。
誤嚥性肺炎は、高齢者にとって命に関わる重大な病気の一つです。そしてその多くは、食事中の姿勢という、一見地味な問題から始まっています。
椅子にきちんと座り、合う靴を着用し、足の裏を床につけ、顎を引く。
テーブルの高さを体に合わせる。それだけで誤嚥のリスクは大きく変わります。
特別な医療行為ではなく、日常のケアの積み重ねが、命に関わっているのです。
食事の時間は、最大のリハビリである
椅子に座り替えることには、誤嚥予防だけでなく、もう一つ大切な意味があります。
車椅子から椅子へ移乗する動作は、それ自体が立派なスクワット運動です。1日3回の食事のたびに行えば、リハビリ室でマシンを漕ぐよりも、ずっと生活に根ざした筋力維持になります。「食べるために動く」という当たり前の生活動作こそが、ADL(日常生活動作)の維持に直結しています。
食事の時間は、単に栄養を摂る時間ではありません。1日の中で最も自然な形でリハビリができる、貴重な時間です。それを車椅子のまま過ごすことは、その機会を丸ごと手放していることになります。
食事介助を見学してみる
食事介助をしているスタッフがいる場合は、その様子も確認してみるのをお勧めします。
どんな所をポイントに見学すればいいのでしょうか。スタッフの動きにも、施設の意識が現れます。
・現代ではほとんどないと思いますが、時間削減や安全性を優先するあまりペースト状の別のおかずをごちゃ混ぜにして口に運んでいることはないか?
・声掛けをせず無機質な介助になっていないか?
・おそらく2人、多いときは3人を1人で食事介助する施設もあると思いますが、口に運ぶテンポの適切さや麻痺側などに配慮した席配置になっているか?
・頭が後ろに倒れてしまう方には適切な角度に頭が固定できるような車椅子を提案したり、誤嚥しやすい方は、専門家の嚥下内視鏡検査をもとに食形態を工夫したり、ティルト式車椅子を少し後傾させた角度で食事を提供したりします。
見学時に、飲み込みが悪くなってきた場合に、施設や提携医療機関がどういう評価と対策をしてくれるのかを確認するのも良いかもしれません。
重度要介護状態の方のお食事風景は、まだお元気な方にはあまり直視したくない光景かもしれません。でも、入居を検討している施設ならばこそ、入居後の落胆は避けたいものだと思います。
専門的なことはわからなくても、「ここに座るのが自分なら自分の親なら?」という視点を持ってぜひ見学してみて下さい。
食事の場として見たときの車椅子
さらに、車椅子での食事の副産物として、見過ごせないことがあります。
車椅子のまま食事をすると、エプロンをしていても、食べこぼしや本人の手に付着した食物が車椅子のフレームや隙間に入り込みます。時間が経つとカピカピに固まり、菌の温床になります。
本来、食事をする場所は清潔であるべきです。移動の道具である車椅子が「食卓の椅子」を兼ねることで、不衛生な環境が常態化してしまっている施設があることも、現実として知ってほしいと思います。
車椅子で食事をしている施設だった場合、「どのように車椅子の清潔を保っているか?(どのタイミングでクッションを外して金具やアームレストを拭いているか、など)」
衛生保持への工夫を見学担当者に質問しても良いかもしれません。
現場の実情
車椅子から椅子に座り替えない施設だからといって、ほとんどのケースではスタッフが怠けているわけではありません。
移乗介助には時間と人手がかかります。全員を椅子に移し、食事が終わったらまた車椅子に戻す。それを1日3回繰り返すには、今の多くの施設の人員配置では難しいのが現実です。
介護職員の腰や腕も激しく消耗します。
そして移乗にはリスクが伴います。移乗の時に車椅子や机に少しでもぶつかると、皮膚の弱い高齢者は大きなアザになったり、簡単に骨折さえすることがあります。
安全な食事を提供するために行う移乗のはずが、職員は腰をいため、利用者を傷つけ、家族や上司に謝罪し、残業して事故報告を書く。
「事故や転倒が怖いから車椅子に座ったままの方が良い」という判断も、また、避けられないジレンマから生まれています。
介護人材不足は社会全体の課題であり、現場のスタッフも一生懸命意識をもち工夫している施設がほとんどであることも強調しておきたいポイントです。
見学のときは、食事風景を、そして足元を見る。
毎日の食事を、人間らしい姿勢で食べられること。
そのことを大切にしてくれる場所に、大切な人を預けたい。
それが、いくつかの施設で勤務してきた私の、正直な気持ちです。
この視点が必要な方にシェアできたら嬉しいです。
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